刻兎売りの青年
 
 
 
 懐中時計を背負ったアリスの物語にでも出てきそうな兎を追っ
て走ってきた人物の息が整うのを待ちながらとりあえず、彼−追
ってきた人物は男性だった−の持ってきた檻に兎を1羽ずつ容れ
ていくと最後の1羽を入れるというところでやっと息が整ったの
か小さく感謝の言葉を投げかけてきた。
「あ、ありがとうございます。私はこの『刻兎』を売っているも
のです」
 顔を上げるとそういって頭を1度下げてきた。どうやらこの兎
は売るものだったらしい。
 それにこの懐中時計を背負ったアリスの物語にでも出てきそう
な兎の名前は刻兎というらしいということも分かった。
 だがそれだけではどうしてこの刻兎という兎らしき生き物が脱
走したのかが分からなかった。見たところによるとこの檻はずい
ぶんと丈夫で、いくら数がいるとしても兎が壊せるような代物で
はないし、何より壊れた形跡もない。
 そうケルトがいって首を傾げるとその売り手の青年は苦笑する
「まぁ、刻兎自体平均は黒色(こくしょく)宝玉と力はほとんどないものですし普通は
そうなんですけど、今回の中に1羽だけ
青色(せいしょく)宝玉がいたらしくてそれが檻
を勝手にあけてしまったんですよ」
 そう説明してきた。
 その説明に元からこの世界に住む2人は納得したようだが、根
本的に記憶が殆どないクロノスは意味が変わらないというように
眉を強く寄せその理解してる2人に視線を向けた。
「黒色? 青色? なんですか? それは」
「え? あ、そうかクロノスさんは記憶喪失だから……。
 黒色や青色というのは魔物の階級のことなんです。ほら、今ク
ロノスさんが持ってる子は…………白くて判りやすいですね、僕
達で言う鎖骨の近くに黒い石がついてるでしょ?」
 クロノスからされたあまりにも非常識であるはずの問いにも事
情を知っているケルトだけはすぐに反応して説明した。
 その説明にクロノスは腕の中にいる兎の示された場所に視線を
向けた。其処には確かに白い毛からその存在を主張するように確
かに黒い石が埋め込めれるような形で光っていた。
「あ、ほんとですね」
 それを見たクロノスは納得したようにうなずいて、まだ続くは
ずの説明を再度視線で促した。
「この刻兎は魔物の中でも特に力が弱くて黒色はほとんど力のな
いかろうじて言葉を理解する程度の魔物なんですが、稀に2階級
上の青色宝玉を持つものが生まれるんです。もちろん、刻兎とし
てはもっとも強いですが全体で言えば5階級ですね。
 その青色宝玉持ちはまれに魔力を持つものがいるので、たぶん
今回は運が悪かったんですね」
「まぁ、そういうことですね。気づかなかった俺も悪いですし」
「へぇ、そうなんですか」
 全体で5階級とか、2階級上とかというのはよく解らないがと
りあえず強いのがいてそれが檻を空けてしまったということらし
いと、簡潔にまとめたクロノスは納得し、その後に続いたケルト
と売り手の青年の会話にもそういうことがあるのかとほかを知ら
ないためにすんなりと納得した。だが普通に考えれば確かに運が
悪いで済ませれる問題ではないような感じではある。
「そういうことがあるなんて、兎を売るのも大変なんですね」
「そうなんですよ。普段はおとなしくてなつっこいし丈夫だから
苦労はしないんですけど、たまにこういうことがあって」
 なにやら記憶がないということもあってこれば普通なのだと理
解してしまったらしいクロノスは同情するようにそういうと、青
年はそれに同意するようにしてクロノスの手を握るとまくし立て
るようにしていうのでクロノスは困りきった表情になった。
「そうだとしても本来刻兎は大人しいはずです。たとえ青色持ち
といえどもそんな風に檻を開けてまで逃げるとは思えないのです
が」
 どうやら刻兎を知っているらしいボリスは不安そうに軽く眉を
寄せながら疑問を示すように首をかしげてそう尋ねた。
「それが、逃げ出すまでは本当におとなしかったんです。でも急
に、何か危険なものが近くにあったのか怯えたらしくて騒ぎ出し
たと思ったら青色持ちが檻を開けてしまって……」
「今に至る。というわけですか」
 青年の説明にそう相槌を打つと彼もそれに頷いて肯定したの
だった。
 どうやらこの世界では不思議なこともいくらでもありえるらし
い。

  
























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