記憶に残るもの
 
 
 
第二夜:喪失者の1日
 
 次の日の朝、クロノスは不思議な夢を記憶の端に残しながら目覚
めた。
 だが眠っている間はあれほどリアルであったにもかかわらず、
その夢は目覚めるのと同時に靄がかかったように曖昧になってし
まった。
 ただ、その夢が最悪に近い悪夢であったことだけは確かだった。
ただそれだけを示すように彼の背には冷たい嫌な汗が伝っていた。
「何…? あの夢。ただ
白いだけの場所にいただけなのに、何で、こんなに…………っ!」
 微かに残る夢の記憶に寒気を感じながら呟いた。
 夢の中でのことを思い出し、それからくる悪寒で震える体を自分で
抱きしめるように腕を回した。昨夜、寝る直前まで自分の思考を支配
していた言葉がそれに合わさるように思い出され、更に恐怖を生んだ。
(僕は一体誰なんだろう…?)
 昨夜と同じことを考え、全くといっていい程に残っていない記憶の
渦へ意識を投げ入れた。
(そういえば、どうして僕、ケルトさんに『クロノス』って名乗った
りしたんでしょう。そもそもクロノスって、どういう意味でしたっけ?
)
 昨日ケルトに咄嗟に名乗った名前のことを思い出し、どうにか暗く
沈むことだけは免れたが、やはりクロノスと名乗った意味が思い出せ
なかった。慌てていたのだから咄嗟に出た。といってしまえばそれま
でのような気もするのだが、なぜかそれだけが理由ではないような気
がしたのだ。
「何ででしょう? 何か、理由があったはずなのに…。」
 咄嗟とはいえ名乗ったことに疑問が浮かんだ。その時は確かに理由
があったはずなのにもかかわらず、その理由が思い出せずベットから
起き上がって首を傾げた。誰か他人にいわれたことのような気もする
のだが、今一よく思い出せなかった。
 そもそも記憶が失われているのに思い出すというのは変な話ではあ
るのだが、1度きになってしまうととことん考えずにはいられない
性格なのだ。
「うーん。何でしたっけ? 言われたときはかなり強く印象に残っ
てたんですけど…。」
 はて? と首を傾げながら考えてみるが、やはり明確な答えは出
てこない。
 昨日思い出した人物と同じような気もするし、違う気もする。同
じならなんと言われたのだろう。同じ歳のはずなのに、酷く落ち着
いた声だったが…。そこまで考えて、何故殆ど何も思い出せないの
にこの人物のことだけ朧けでも思い出せるのかと思った。
 はっきりとは言い切れないが、家族、ではなかったような気がす
る。どちらかといえば接点らしい接点のない人物だったような気が
した。たまにしか言葉を交えなかったが、とても印象に残りやすい
人だった。
 そこまで考えて再度首を傾げた。何で思い出せるのか解からなかっ
たのだ。
 それでもこの人物のことなら思い出せるかもしれないと思い、更に
思考の渦に意識を沈めていった。
(何でしたっけ。さっきは確信はなかったけど、この名前のことを
言ったのは彼です。間違いないと思うんですけど…。うーん。
)
 考えながら体を持ち上げ、床に足を降ろして座ると、近くの台において
あるライトスタンドを手に取り、光をつけた。
 そして鮮やかな青い光をともしたそれを手に持つと、そっと昨夜も出た
バルコニーへと足を向けたのだった。

  
























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