声と静止
 
 
 
 ケルトは店員が完全に離れたところで火有の追加注文に不思議
そうに首を傾げた。
「珈琲に緑茶に梅干のおにぎりですか?」
ボリスも不思議に思っていたらしく、丁度正面に座っている火有
に尋ねた。
「…………おう。甘いのが来ると思ったら酸っぱいのがほしくなっ
た。」
 ボリスの問いにうんざりとした感じに答えた。
 甘いものは好きだが、流石にこれはきついと感じてしまった。
何がどうして普通ではなく特大なのかという事も気になるし、そ
れ以上に、どんな大きさのが来るのか、最早想像もしたくなかっ
た。
「火有さんって、意外と小食なんですね?」
 話を聞いていたのかいなかったのかそんなことを聞いてくるケ
ルトに軽く苦笑を向けると、小さく首を振った。
 別に小食と言うわけではない。先も言った通り昼はあまり食べ
ないのだ。だからといって朝と夜をそんな馬鹿みたいに食べる、
というわけでもないのだが。だがそれを言う必要もないので何も
言わずに黙った。
 困ったように黙った火有にに少し頬を膨らませて不平を示した
が、それに対し何も言いようのない火有は更に視線を外してしまっ
た。そんな火有にまた不平そうに眉を少し吊り上げたケルトだが、
それでも反応は期待できないと思ったのか今度の標的をボリスに
変更したらしく
「ボリスさんは? あまりたのみませんでしたよね? ボリスさん
も小食なの?」
 と話の矛先を向けた。
 ボリスはそのケルトの言葉にきょとりとした表情になると、ば
つが悪そうに頬を掻いた。
「いえ、小食、と言う訳ではないんですけど、その、お金が……。」
 どうやら川に流されていた時に一緒にどこかに流されたらしく、
彼の持ち物はなかったので多分それを気にしているのだろう言葉
だった。もしかしたら小額でも持っているのかもしれないが。
 だがそのボリスの言葉に完全に呆気にとられてしまったような
表情になったケルトが、口をぽかんとあけて何も言えずに固まっ
ていた。まさかそう返されるとは思っていなかったらしい。
 それを聞いて火有も苦笑を零した。実を言えば彼自身もその事
を気にしていたりいたのだ。何せ彼はこの国どころかこの世界の
住人ですらない。当然通貨など、持っていない。
 ケルトは暫くして俯いたあと肩を震わせていた。どうしたんだ
ろう。と思いながらも何も言わずに、最初に運ばれてきていた氷
の入った水を喉に流し込みながら火有は、自分が持っているやつ
で対価になるやつがあればいいんだけどなぁ。と完全に的を外し
た事を考えていた。
「それぐらい僕が出すよ!!! これでもっ…………ふぉふぐ
ふぁ…………っっ!!」
 一気に顔を上げて声を張り上げたケルトに最後まで言わせる事
なく、火有は咄嗟に口を思い切り塞いだ。その際ちゃんと後ろに
反り返らないように頭も支えているのは、流石と言うべきなの
か……。
 ケルトはケルトで急に口を押さえられた事で完全のパニックを
おこしていたが、それでも離すと声を張り上げかねないのでとり
あえず塞いでおいた。
 火有はとりあえずまだ暴れようとしているケルトを押さえつつ
深い溜息をついた。
 実を言えばこんな場所で『王子』などという身分を大声で宣言
されては堪らないと思い、咄嗟に口を塞いだのだが意味があった
のか無かったのか。とりあえずそろそろ離さないとやばいと思い、
大人しくなったケルトを解放した。
 最も半ばそれも無駄だったかもしれないとは思っているのだが。
何せ先程の途中までの声でも周りには充分に聞こえていて、今、
思い切り注目されてしまっている。
「けほげほこほっ。ひありさん……ひど…………。」
「こんな場所で自分の立場を言おうとしたお前が悪い。」
 息が止まっていて苦しかったのか肩で息をしながら非難がまし
く言うケルトに、しれっとそう答えると明後日の方を見た。
 完全に自分がした事を無視して言う火有にケルトはさらに顔を
顰めると低く唸った。別に火有の言い分が解からないわけではな
い。外に、それもこんな風に店で食事をとってる方がおかしいと
いう事も解かっているのだ。
 だが、それでもこの行動は少しいただけないと、いまだに苦し
い息を整えながら思ったケルトだった。
 ボリスはそんな2人の様子を、完全に取り残されたも同然な状
態で見ていたが、それに気付いた火有が小声で
「わりぃ、ちゃんと話してなかったよな。ケルトはこの国の王子な
んだ。だからこの王族相手に何でそんな心配をする。という事ら
しい。」
 と説明した。
 その言葉にボリスもやっと納得したというように手を合わせる
と、少し困ったように苦笑を向けた。立場よりも年齢的に、年下
に奢ってもらうというのは複雑です。と暗に言っていた。火有で
もこれだけでわかるような気がしたのだ。
 もちろん火有はそのボリスの考え通りに相手の考えを正確に読
み解いたが、眉白をさげて諦めたような表情をすると、肩を竦め
るだけで現状を諦めるように示したのだった。ついでにケルトの
子供らしい我侭も黙認してやれと、口の動きだけで伝えた。伝わ
るかどうかは別として。
 そんなやり取りをしていると、店員が注文した内のいくつかを
持ってきてくれた。

  
























 

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