己に似たもの

　周りの気配に反応したのか先程まで意識を失っていた青年が意
識を取り戻した。

　火有もそれに気付き青年のほうを見ると

｢お、大丈夫か？｣

　と声をかけた。

　青年はその火有の言葉に少し遅れて反応を返した。

｢はい……。大丈夫です……。

　あの、ここは……？　僕、流されて……？｣

　火有を視界に捉えてそう尋ねてきた。まだどこか意識がはっき
りしていないのか、首を横に動かすのも辛そうに見える。

｢ここか？　ここはクロス国の首都の近くに流れてる川だ。

　……自分の名前、わかるか？　オレは火有だ。で、こっちで寝
てるのがケルト……て、おい、起きろ！｣

｢ぎゃんっ！？？｣

　青年からの問いに答えた後、そう尋ねて名を名乗った。その時
ケルトのほうも紹介して、まだ寝ている事に気付ききつく頭を１
回叩いた。……王族にこうもあっさり手を上げるのも彼ぐらいの
ものだろう。

　ケルトのほうも流石に叩かれた痛みで眼を覚ますと、叩いた張
本人である火有をきつく１睨みした。

｢火有さん、何も叩いて起こす事ないじゃないか！｣

　とどこか恨みがましく言うと、青年が気が付いてることに気付
き彼を見た｡

｢あ……。｣

｢ぷ。くすくす。はじめまして、僕はボリスといいます。｣

　２人のやり取りを見て思わず吹き出してしまった青年はそう名
乗って上半身をゆっくりと持ち上げた。

　ケルトはボリスの名にまた、はて？　と首を傾げてから自分の
名も名乗ろうと口を開いた。

｢僕は……。｣

｢ケルト君ですよね？　彼から聞きました。かなり詳しく。｣

　名乗るよりも先に名を呼ばれて驚いていると、すぐに種明かし
がされた。ケルトの隣にいる火有が先に話してくれていたのだ。

　ケルトはすぐにそれに気付いて頷くと隣にいる火有の方を見た。
最も火有はそれに気付くことなくボリスに視線を向けたまま笑っ
ていた。

｢でもさぁ、どうしてここにいたんだ？　泳いできたわけじゃねぇ
だろ？　明らかに流れてきたって感じだったし。それもなんか違
うような気がしないでもないけどよ……。｣

　少し首をかしげるようにして火有はボリスに尋ねた。

　　確かによくよく考えてみれば理由や原因もなくここに流れ着
くはずがない。何せここの源流は遠いこの場所からでもはっきり
とわかるほどにその存在を主張する、フィレンス城の後ろに広が
る広大な湖なのだから。普通に流れようものなら確実に溺死する
というものである。それを思えば当然の疑問だった。

　だがその問いを聞かれたボリスも軽く首をかしげ眉を寄せると

｢さぁ、どうしてなんでしょう？

　なんだか昔の事が全部霧がかかったみたいに思い出せないんで
す。｣

　そう困ったように答えた。ようは彼も記憶喪失者という事らし
い。

　その事に気付いて少しばかり呆れ気味に息をはくと｢こいつもか。｣
と口の中で小さく呟いた。

　自分が記憶喪失というのはすぐに理解できたが、相手はすぐには
理解できないらしい。と思ってボリスを見ると、彼は何故か体の向
きを変え川に背を向けた状態でしきりに思い出そうと唸っていた。

　こう言う場合はそっとしておくべきか、それとも一応真実を伝え
るべきか迷ったが結局

｢まぁ、気がついた直後だからだろ。いずれ思いだすって。｣

　と遠まわしというよりもはぐらかすような形の言葉をとったのだっ
た。