空色の喪失者
 
 
 
 周り声にでも反応したのか、まだ戻る可能性は低いと思ってい
た青年が意識を取り戻した。
 神巫はそれに少し驚きながらもそんなことをおくびにも出さず
「お気づきになられたか。怪我は無いか?」
 と尋ねた。
 青年はその神巫の言葉に少し遅れて反応を返した。
「はい……。大丈夫です……。
 あの、ここは……? 僕、流されて……?」
 神巫のほうを向き見てそう尋ねてきた。まだどこか意識がはっ
きりしていないらしく、目の焦点が定まっていなかった。
「ここはクロス国、首都・ディスクトール郊外に流れる川だ。
 ご自身の名はお解りになるか? 私は神巫というものだ。こち
らで寝ているのは、この国の王族のケツァルコアトル
=パプリシ
ア殿。ケルト殿と私は呼ばせていただいている。」
 青年からの問いにそう的確に答えた後、相手の名を尋ねて名を
名乗った。その時ケルトのほうも紹介すると、まだ寝ている事に
気付き青年に断ってから上を跨ぐように身を乗り出して肩を揺ら
し起こした。するとケルトは案外簡単に眼を覚ました。
 ケルトの方は肩を揺すられた事でまだ少し寝惚け気味に眼を覚
ました。神巫はそれを確認すると体を元の位置に戻した。
「起きたか?」
「んぅ? 僕、氷の上でペンギンとダンスしてて…?」
 起きたらしい相手の声をかけてもこう返ってきてはさしもの神
巫も対応できずに眼を点にして固まっていた。
「…………………………………………………………………………。
 ケルト殿、寝起きでの錯乱状態は、ご免被りたいのだが……。」
「あう? …………?
 ……………………………………あ……。」
「ぷ。くすくす。はじめまして、僕はボリスといいます。」
 2人のやり取りを見て思わず吹き出してしまった青年はそう名
乗って上半身をゆっくりと持ち上げた。
 ケルトはボリスの名にまた、はて? と首を傾げてから自分の
名も名乗ろうと口を開いた。
「僕は……。」
「ケルト君ですよね? 彼から聞きました。かなり詳しく。」
 名乗るよりも先に名を呼ばれて驚いていると、すぐに種明かし
がされた。ボリスを挟んで正面にいる神巫が先に話してくれてい
たのだ。
 ケルトはすぐにそれに気付いて頷くと神巫を見た。神巫もすぐ
にその視線に気付いて見ると、少し口元を笑みの形に歪めた。
「それにしても、何故(なにゆえ)このような場所に? 到底ではないが普通に生
活していてここに流れ着くとは思えぬのだが。
 何かに巻き込まれでもなされたか?」
 眉を寄せ思案するように神巫はボリスに尋ねた。
 確かによくよく考えてみれば理由や原因もなくここに流れ着く
はずがない。何せここの源流は遠いこの場所からでもはっきりと
わかるほどにその存在を主張する、フィレンス城の後ろに広がる
広大な湖なのだから。普通に流れようものなら確実に溺死すると
いうものである。それを思えば当然の疑問だった。
 だがその問いを聞かれたボリスも軽く首をかしげ眉を寄せると
「さぁ、どうしてなんでしょう?
 なんだか昔の事が全部霧がかかったみたいに思い出せないんで
す。」
 そう困ったように答えた。ようは彼も昨日までの神巫と同じ記
憶喪失者なのだ。
 その事に気付いたがそれについてはなにも言うまいと思い「そう
か。」とだけ小さく呟いた。
 自分が記憶を喪失していたというのは否応なくわかったが、相手
はなまじ名前がわかるぶん、意識が戻った直後という事もあり理解
にいたっていないのだろう。と思ってボリスを見ると、彼は何故か
体の向きを変え川に背を向けた状態でしきりに思い出そうと唸って
いた。
 こういう場合はなにも言わぬべきか、それとも確りと伝えるべき
か迷ったが結局
「思いだそうと、思いだせまいと貴殿は貴殿。お気になさるな。」
 と遠まわしに近い表現をとったのだった。

  
























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