目覚めと記憶
 
 
 
 クロスが倒れてから30分もしないうちにパタパタと足音が部
屋へ向かって近づいてきた。
 そしてカチャリと戸が開かれるのと同時に金の光が部屋の中に
向かって近づいてきた。
「クロスさーんおはようございま……す? ……?
 ってうわぁ!? ク、クロスさん!? クロスさんっ!」
 部屋に入ってきた少年−ケルトは姿見の前で倒れているクロス
を見つけて慌てて駆け寄った。そして彼の体を強く揺さぶってみ
るも、全く反応を返さない事に不安を感じ、クロスの体をを持ち
上げベットへと運んだのだった。……人間やろうと思えば何でも
できるものである。昨日は出来なかった事を今しているのだから。
 そうやってクロスをベットに運ぶと、心配そうに彼が目覚める
のを近くの椅子に腰掛けながら待った。
 当のクロスは、そんなケルトの心配に気付く様子も無く、小5
分ほどで意識を取り戻し、すぐ横にいる少年のほうへと僅かに焦
点の定まらない瞳を向けた。
「ああ、ケルト殿。私は、倒れていたのか……?」
 擦れた声でゆっくりとケルトに尋ねると、彼は小さく1つ頷い
た。
 それを確認すると、クロスは視線を天井に向け、そうかと小さ
く呟いた。
「どうして、倒れてたんですか?」
 心配そうに尋ねてくるケルトに、クロスは少しの逡巡の後
「記憶が戻った。と言う事と、その反動故だ。
 唐突に失ったものが戻った。その衝撃に意識が耐え切れなかっ
たのだ。
 覚悟はしていた。そういうものだという認識があったのでな。」
 と手短に説明した。というよりも、長く喋るのが辛いと感じて
短くなってしまっていた。といったほうが近かった。
「じゃぁ、記憶が戻ったって事は、住んでた場所や名前も思い出し
たんですか!?」
 クロスの言葉にパッと表情を明るくして言うケルトに、彼は小
さく頷いた。喋るのはまだ辛いため言葉にするのは少し待って欲
しいと伝えた。
 そして、起き上がるほどには体力の回復した体を持ち上げ、か
らからに乾き痛む喉に冷たい水を流し込むとほっと息をついた。
かなり喉が乾いていたらしい。1口喉に水が流れ込むたびにズキ
リと痛みが走った。
「記憶が戻ったといっても、完全ではないのだ。」
 そう水を再度喉に流し込んで話し出した。急に戻ったことで混
乱した記憶を整理しながらではあるが。
「急に戻った。ということも関わっているのだとは思うが、混乱し
ていて細かい部分になると未だに曖昧なのだ。
 少しすれば落ち着いて戻るやも知れぬが、それでも未だに住ん
でいた場所も解からぬし、何故ここに流れ着いたのかも解からぬ
というのが現状なのだ。」
 クロスの説明にケルトは眉を寄せて心配そうに見つめていたが、
少しの間を開けて口を開いた。
「で、でも、名前は思い出したんですよね?」
「ん? ああ。名か、そういえば、まだ告げてはおらなんだな。
 私の本当の名は、神巫(かんなぎ)と申し上げる。」
 ケルトの言葉に名乗っていないことを思い出すとそう答えた。
「カンナギ……?」
 聞きなれない名前にケルトは首を傾げながら反芻した。クロス
−神巫もそれに少し苦笑を口元に小さく浮かべて
「神巫。神の巫女と書く。神巫というのが本来の私の名なのだ。」
 と説明した。
 ケルトはそれを聞いてなるほどと頷くと、口の中で何度も呟い
ていた。
 そして納得というよりも、口に馴染むまで呟いた後、はっと何
かに気付いたように固まった。
 神巫のほうもどうかしたのか。という風に突然固まってしまっ
たケルトを見つめたが体があることを訴えていることに気付き。
「ケルト殿、すまぬが、食事を取らせてはもらえぬか?
 よくよく考ええれば昨日の朝以外なにも口にはしておらぬから。」
 と少々自嘲気味に言ったのだった。
 言われたほうのケルトもすぐにその言葉に反応すると、身を乗
り出すようにして
「ですよね!
 神巫さん倒れてたからすっかり忘れてたけど、僕、神巫さんに
朝食食べませんか? っていいにきたんです。」
 だから一緒に行きません? そう笑顔でいうケルトを見て微笑
ましいものだなと表情を変えずに思いながら1つ頷いて、ベット
から降りると行くことを無言で促した。
 ケルトもそれに笑顔で頷きついていくと、神巫の隣りを歩いて
いった。
「……時にケルト殿、私は何処に行けばよいのだ?」
 隣りを歩くケルトに部屋を出てすぐ少々困り気味の声で聞いた。
ケルトはケルトではた。とした様子で固まっていた。
「あ、そっか、神巫さん場所知らないんでしたっけ。ごめんなさい。」
 隣りで左右を見渡す神巫にペコリと頭を下げると彼はすぐに反
応を返してきた。
「謝られる必要はないし、気になさる必要も無い。」
 簡潔にそう告げると神巫はケルトに続けて「それで、何処へ行け
ばよいのだ?」と言葉を投げかけた。廊下はどちらも同じような造り
で案内なしでは、内装を知らないものはまず間違いなく迷うであろ
うということは容易に推測できた。
 ケルトの方もすぐに相手の言葉に反応すると「こっちです。」と神
巫の腕を引いて右の方へと歩いていった。
 神巫はケルトの隣りを歩きながら城の内装を興味深げに眺めてい
た、廊下の角などにしつこくない程度の数の龍の銅像が置かれてお
り、それがこの国の
象徴(シンボル)であることが言わずもがなに覗えた。
 また階下が覗える場所や、階段の踊り場などに龍のレリーフのあ
しらわれた盾に2振りの剣、というよりも柄が長いところから見て
槍らしいものが丁度盾の上で交差する形で描かれた旗のような幕が
下がっていた。盾の下に描かれている花はおそらく百合とスノード
ロップのはずだ。おそらくは国旗か、この王家の家紋だろうことが
わかる。
 そうやって周囲を見渡している間も隣りを歩くケルトを気に掛け
ているらしく、自分が何を見ているのかと彼の注意が散漫になって
いる為に柱などに衝突しそうになるとすぐに腕を引いて避けさせ、
自分の危険も確りと回避していた。
「すごいですねー。見てないのに避けるなんて……。」
 すっかり感嘆の声で言うケルトの方にしっかりと視線を向けると
なんでもないことのように淡々と
「別に、気になるもの以外何も見ていないというわけではないから
な……。」
 そう答えたのだった。
 ケルトはその言葉にまたすごいなぁ。と羨望の眼差しと言葉を小
さく呟いたのだった。
 そして、1つの大きな扉の前で止まった。どうやら辿り着いたら
しい。ケルトはその扉を片手で押し開けると中へと神巫と共に入っ
ていったのだった。

  
























SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送