朝日に煌く街
 
 
 
 起きてすぐに考えに耽ってしまっていたので気付かなかったが、
時刻はまだ早朝と呼ぶのさえ速いときだったらしく、太陽も今だ
姿を見せてはおらず、地平が微かに明るい程度だった。
「もうじき夜明けか。待つのも、いいかも知れんな。」
 地平が明るいのを見て夜明けが近いと判断したクロスは、柵に
身を預けながら眼下に広がる白亜の街を眺めた。クロス自身今思
い出したのだが、彼はこの夜と朝の狭間の時間を好んでいた。理
由を聞かれればなんとなくとしか言いようがないのだが、今のこ
の夜と呼ぶには明るく、朝と呼ぶには暗い、どちらでもない静寂
に支配された時間が好ましかったのだ。
 元々生来の性格から人との付き合いを不得手とするが故なのだ
ろうが、彼は自分を中途半端な人間と評価していた。このどちら
ともつかない僅かな時間を好むのもそのためだろう。と日が昇る
のを待ちながら彼にしては珍しく呆然と考えていた。
 その時段丘の付いたテンポの良い口笛の曲が聞こえてきて、彼
は少し柵から体を離した。その曲は、現実のものにしては音が儚
く、明らかに異質なものだった。そのため彼はこの口笛を旧い過
去のものか、誰かの強い記憶の残り香と判断して、その曲に耳を
傾けながらもとの位置に体を戻した。
 そうやって少し冷たい夜風に当たりながら朝日を待っていると、
地平の向こう側がはっきりと明るくなり始め、完全な夜明けが近
づいていることを静かに、それでも確かな力強さで主張していた。
「ああ、白い街が朱金に染まって、随分と荘厳な景観となるのだな。
これは朝焼け故の儚い一瞬の美しさと言う事か。」
 朝焼けの光に染められた白い街を感嘆の溜息を零しながら見つ
め、クロスはそう呟いた。
 朝日の温もりで眠っていた小鳥も目覚め、他を目覚めさせよう
とでもするように囀り始めた。
 クロスは暫くの間、柵に体を預け、穏やかな表情でその声を聞
いていた。先ほどまで聞こえていた口笛は朝焼けの光が差し込む
のと同じくして止まっていた。そして、大分体が日の光で暖まっ
てきた所で体を柵から離し、部屋へと戻っていった。
 それなりの時間日で暖まったらからか室内も外もたいして温度
に差は無く、その事が彼を安堵させるのと同時に少し呆れさせた。
一体どれほどの間自分は外にいたのだろう。と。
 そして昨日座っていた椅子の側にいくと、その時は無かった小
さな台の上に昨日ケルトが苦労して持ってきてくれた本が綺麗に
置かれていた。その事にケルトの真面目さを感じ少し笑うと、1
番上の本を手にとってみた。それは彼が昨日眠ってしまう直前ま
で読んでいた本で、読んでいた途中のページに栞が丁寧に挿まれ
ていた。
 ケルトの細かい気遣いにまた口元を少し笑みの形にして彼に感
謝しながら、それを手に椅子に腰掛けて続きを読み始めた。
 小鳥の囀りを耳に挿みながら、目で本の字を追い、昨日のケル
トの言葉を1つ1つ思い出すという随分と器用なことを行ってい
た。これで本の内容が全部頭に入っているというのだからすごい
としか言いようが無い。
 ケルトに左右で瞳の色が違うといわれ、あまり驚かない自分が
いた。むしろ当り前だとさえ思っていたようなきさえした。それ
は元々自分の外見的な特徴としてそれがあった所為だろうと推測
できた。
 だが実際にそれを見ているかいないかというのは実感云々にも
違いがあり本音で気になっていた。そして、考えに没頭していた
所為で全くページの進んでいない本に栞を挿んで、台の上にある
本の上にそっと置いた。
 椅子から立ち上がると、近くに鏡台がなかったかと視線をめぐ
らせた。瞳の色を確かめたいというよりは、記憶の戻る切っ掛け
にでもなればと思っての行動だった。
 部屋の中を見回して見ると、自分が眠っていたベットの向かい
側の壁の扉近くに
1つの大きな姿見の鏡があることに気が付いた。
何故気付かなかったのだろうと思いながらその姿見の前へと歩い
ていった。
 姿見の前で立ち止まり、今の自分の姿をその鏡に映して見て、
そこではじめて自分がまた眼鏡を掛けていないことに気が付きじっ
くりと見るのは一端後回しにして、眼鏡を探すためにそこを離れ
た。多分眼鏡を掛けていない姿では見ても違和感が先に立ち、記
憶が戻る切っ掛けにはならないだろうと思っての行動だった。実
際僅かに見た自分の姿は眼鏡を掛けていないだけなのにもかかわ
らず、かなりの違和感を見た彼に与えていた。
 そして眼鏡を探しベットのすぐ側の横にある台を調べたが、昨
日入っていた引出しには入っておらず、ではどこにあるのかと首
を傾げベットに視線を向けると、ちょうど枕の真横に丁寧に畳ま
れた状態で置かれていた。どうやら起きてすぐに掛けられるよう
にとのケルトの配慮であるらしかった。
 ケルトの気づかいに気づけなかった自分に自嘲して眼鏡を掛け
ると再度姿見の前に立った。
 そこには白金に煌く長い髪と海と炎のように相反する色を左右
で分けた瞳の青年が無表情に立っていた。
 クロスはその自分の姿を確認するのと同時に激しい頭痛に見舞
われた。
 その瞬間にまるで波のように彼の頭の中に映像が押し寄せてき
た。それは彼の失っていた記憶そのものだったが、クロスはその
記憶の流れに耐え切ることができずにその場で意識を手放し、そ
のまま倒れてしまった。
 次に目覚める時、自分はもう『クロス』ではないのだと、心の
どこかで冷静に呟く自分の声を聞き、それを確信しながら。

  
























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