軽い挫折一歩手前
 
 
 
 もうひとつの用事とは言うまでもなくクリスティーアに頼まれ
たナックルのことだ。
「店主、もう1つ頼みたいものがあるのだが」
 ローグは先ほどクリスティーアに頼まれたものを伝えるために
すぐにでも奥の鍛冶場に入っていきそうな店主を呼び止めた。
 店主はまだ何かあるのかというように首をかしげながら振り
返った。龍人が2つ以上の注文をつけるのはかなり珍しいことな
のだ。
「ナックルを頼みたいのだが、いいか?」
 何が悲しくて使いもしない武器の注文をしなくてはならないの
かとも思うが、まぁ頼まれてしまったものは仕方がないというこ
とで注文するためにいったのだが、それ以上に店主はただでさえ
意外そうだった表情をさらに意外そうにした。
「ナックルですかい? そりゃぁかまいやせんが。祭司様、使わ
んでしょ?」
 龍人は基本的にナックルは使わない。もともと力が強いために
直接叩くといろいろえげつないと言うのも理由だが、ただでさえ
強いのにそんな状態でナックルなどつけた日には木も岩も、それ
こそ地面に大穴−と言うかクレーター−が開くこと請け合いなの
で自然と共に生きることを至高とする龍人としてはあまり、とい
うかどんなことがあっても好ましくないというのが最大の理由で
ある。
「ああ、使うのは私ではなくてな、その………………片割
れ………………なんだ…………」
 半ば泣きたくなりながら尻すぼみになりながら、最後のほうは
もうすでに蚊の鳴くような囁きにも等しいほどに小さな声で言う
と、さすがの店主も「はぁ??」と素っ頓狂な声を上げた。
「片割れ……と申しますと、巫女姫様ですかい? まぁた型破り
な方ですなぁ……」
 あきれたというか虚を突かれたようなとでもいうべきか、もし
くはまるで珍獣の話を聞いたような口調で半ば苦笑気味にでもど
こか感心したように反応を返す店主に、ローグは今度こそ本気で
泣きそうになった。目尻には既に涙が浮かんでいる。
 だが型破りなのも事実、ついでに普通じゃないのも、おおよそ
においてローグの持つ常識からかけ離れてしまっているのも事
実、とどのつまり、反論の余地なし。
 だがなぜ他人なのにこんなに恥じをかいたような思いをしなく
てはならないのこと言う思いも本心なのだ。
「ああ、そうなんだ……とりあえず、よろしくい頼む……。手の
サイズは横幅が
10センチで手のひらから指先までが20センチほど
だそうだ」
 食堂で確認したことをそのまま伝えると店主も簡単に頷いて
「女なら……」と呟きながら店の奥へと入っていった。その際に
「そっちも明日に最後の仕上げさせていただきます」
 と伝えてきたので、これでもういいだろうと思いローグも簡単
に店の奥に向かって礼を言うとそのまま店から出て行ったのだっ
た。
 武器店から出たローグは次にどこへ行こうかと左右を見てか
ら、とにもかくにもまずは野宿道具を買うことにしなくてはと考
えて次にいく場所を決めて歩き出したが、十歩と歩かないうちに
少しだけ、本当に少しだけ断念しそうになった。
「龍人様」
「おお、龍人様がおいでとは」
「ありがたやありがたや……」
「これでこの年は幸福だ」
「もしかして祭司様でしょうか?」
「龍の神がこられたのならば今年も平和だ」
 以上その十歩の間に言われた言葉である。これではローグでな
くとも断念したくなるというものだが、これもまた龍人として生
まれたものの宿命と思いあきらめるほかないというべきか、深く
大きなため息をついた。そんなことで周りが気がついてくれるわ
けでもないが、それくらいはしないとこちらもやっていけないの
である。それでなくても胃に穴が開きそうなのにこれ以上ストレ
スを溜めるつもりもない。
 ストレスの元凶はクリスティーアだけで十分だった。
 だがまだまだローグの苦労は続きそうなのである。
 予感ではなく、確信で…………。

  
























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