店主の老人
 
 
 
 もう1度刀に視線を向けると黒鞘のほうを手に取って柄を握っ
てみると、それはまるでもとからそうであったとでも言うように
手にしっくりとなじんだ。
 それに少し驚いて1度手を離すと次いでこのまま刀を抜くわけ
にはいかないということに気づいて、何かないかとポケットなど
を探っているとかろうじてハンカチが見つかりそれを口にくわえ
ると、改めて柄と鞘に手をかけて鞘から抜いてみた。
 造りは鎬造り、刃は上に向いている二尺以上であることから典
型的な刀であることは見ればすぐに解るが、その刃長は神巫の胸
近くまであり、その長さおおよそ四尺−約120cm−はあるか
なりの長刀で全長では六尺−約150cm−もある。
 刃文は乱れ刃に菊水刃、帽子は滝落し帽子という随分と美しい
つくりの刀だった。
 光を反射する輝きもまた鮮やかでかすかな光も反射するように
ぬれたような光を放っていた。
「気に入りなされたか?」
 しばらく見ほれるように見つめる神巫の後ろからしわがれた老
人の声がして、後ろを見るとそこにはいかにも純和装というべき
か、着物を着たかなり高齢の老人が立っていた。
「ええ、どういうわけか手にも馴染みまするゆえ……」
 老人の言葉に器用にもハンカチを銜えたままそう答えると老人
はその神巫の言葉にうんうんと頷いた。
 神巫はその老人−多分店主−の反応に軽く眉を寄せてから抜き
身のままではと思い音も立てずにすっと刀を鞘に納めた。
「貴公ならばその刀も扱えれましょうて」
 その様子を見ていた店主がそういってきたのでそちらを見る
と、もう片方の置かれた台に持っていた刀も置いた。
 置いた刀から手を離すと小さくきぃぃんと音を立てて啼いたよ
うな気がして視線だけをそちらに向けたが、手を伸ばすことなく
その場から数歩離れた。
 すると老人のほうが手を伸ばすとその二振りを手に取り神巫へ
と差し出した。
 神巫はその相手の行動に首を傾げてみたが、何もいわずにその
二振りを受け取って抱えた。
 やはり、その刀はしっくりと手に馴染むようでそれが逆に違和
感を神巫に与えた。
「その二振りは双子での、とある名匠が同じ砂鉄から同じ製法で鍛
えた名刀白い鞘が『悟り椿』・黒い鞘が『迷い櫻』というのだ。
もって、行かれるとよい」
 ニコニコと笑いながらそういう老人の言葉に小さく教えられた
名前を反芻するように呟くと、どこか複雑そうに眼を細めて刀を
握った。
 かちりと言う音がした。
「迷い櫻、悟り椿。これが私が手にするべきもの、ということか」
 ここに来る前に感じた予感を思い出しながら呟くと、この老人
もこのことに気がついていたのだろうかと思ってみてみるが相手
は何も読ませないような表情でニコニコと笑うばかりだった。
「随分と気難しい刀ではあるが貴公ならば御せましょう」
 神巫の複雑そうな表情に気づくことなくそういうと「よい主を
得たものだ」と呟いたのを聴いていつの間に両方買うことになっ
てるなと流れに飲まれている自分に内心苦笑した。

  
























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